積みプラ戦記

コラム

No.8 インターネットの思い出

僕は現在、このウェブページの他に幾つかのSNSサービスに登録して細々と活動している。本当に細々という比喩そのままに、まるで影響力のない主張をネットの片隅でしているのに過ぎないのだが。

インターネットの経験は大学生に入ってからだから、かれこれ20年近くにもなる。NTTの午後11時から朝8時までかけ放題のテレホーダイというサービスを利用して、夜中に時間の許す限りダイヤルアップでインターネットに接続していた。インターネットが一般に普及し始めた頃の話だ。

インターネットの海を彷徨っているいるうちにたどりついたのが、とあるチャットサイトだった。おっかなびっくり参加してみて、その面白さにハマった。顔も名前も知らない人間とリアルタイムで文字で会話ができることがこれほど楽しいものとは思わなかった。それ以来、毎晩のようにそのチャットサイトにアクセスし、上記のテレホーダイサービスが適用される午後23時から気を失うように眠くなるか、もしくは朝の8時までチャットに居座っていた。

当時、僕と同じようなタイミングでインターネットとチャットを始めた人も多く、常にチャットサイトは賑わっていた。同じ大学生も多かったので、ネット上での知り合いもあっという間に増えた。毎晩のようにチャット上で会話をしていると実際はどういう人なのか当然気になってくる。じゃあ、実際会ってみようかなんてことにもなる。いわゆるオフ会というやつだ。暇な大学生だった僕はもちろん、事あるごとに参加して交友関係を広げていったわけなのだが。

ネット経由での交友関係というのは、とても刺激的だったと言っておこうか。少なくとも、通常の学生生活では決して知り合う事はないであろう人たちが沢山いた。常連として参加していたチャットサイトには、サイトの持ち主である管理人さんの他に、創設期からの常連メンバーが運営幹部のような立ち位置にいた。その運営幹部というメンバーがなかなか濃い人たちだった。ニート、元ホスト(でも今はニート)、キャバ嬢、そして普通の社会人等々。当時はまだニートという言葉はまだ出回っていなかったはずなので、そういう言葉では言い表さなかったけれど。なんにせよ、普通の大学生の生活をしているだけでは決してお知り合いにはなれない人々だった。

そして、チャット上で繰り広げられたのは結局のところ、恋愛合戦だった。まあ、複数の男女が集まって同じ時間を過ごすうちに、個々のやり取りなんかもあってそんな関係が生まれる。この事はごく自然な成り行きだし、それこそ大学のサークルだって同じようなものだ。ネット上でもそれは同じだったというだけで、そのことをどうのこうの言うつもりはない。正直、自分にもそれなりの事があった。ただまあ、それがある意味むき出しだったのがネットの世界だった。そのチャットに出入りしている間、幾多の愛憎劇を目撃したり巻き込まれたりした。

そのチャットサイトにはいろいろ濃い人がいたが、中でもとびきり濃い人がいた。彼はベガというHNだった。僕より少し年上で定職についていたのかは定かではない。僕ら暇な大学生と同じくらい頻繁にチャットに来ては会話に参加していた。ベガは例の常連幹部の一人に師事し、チャット上の口調から顔文字まで真似て話すようになった。そして、事あるごとにチャット上でトラブルを起こしていた。ベガは自分が仲間はずれにされたと思い込み、チャット上で大暴れしてこんなところに二度と来るか!と捨て台詞を吐いていなくなるが、しばらくすると戻ってきて、また同じ事を繰り返していた。僕の想像だが、ベガはきっとチャットの中で中心に居たかったんだと思う。だからベガのお気に入りメンバーが自分を除いてオフ会などをやると、ものすごく怒っていたんだと思う。

ベガとはオフ会の時に実際にあったことがあるが、これといって特徴がある容姿でもなかった。ただ、ものすごくマザコンらしい。愛情に飢えていて、自分はそれなりに優れているのに思い通りに得られないことにイライラしている、というような印象を受けた。

ベガは、何度か同様の揉め事を起こした末、そのチャットサイトから消えた。極度のマザコン気質からか、年上の女性に対して粘着した挙句の逃亡だったと記憶している。当時、すでに30前後だったベガが執着していたのは40オーバーの女性。いやはや、すごいなあと思ったものだ。その後、ベガはHNを変えて(それでもベガの面影を残していたのですぐに解る)ネット芸人というジャンルに飛び込んだらしい。ここから先はネットで僕が勝手に追いかけて目撃したことなので、確信があってのことではないがまあ信憑性は高いと思う。

新しい世界で、自分を精一杯表現すべくウェブサイトを構築してお笑いサイトを運営していたようだ。そして、同じネット芸人と盛んに交流をしている様子だったが、やっぱりここでも悪い癖が出たようだ。同じネット芸人として活動している年上の既婚者の女性に執着していたようで、なおかつまたまた仲間外れにされたと癇癪を起こしてコミュニティの輪を幾度か乱していたようだ。これらは、その既婚女性のブログにしっかり書かれていた。

結局、ベガはそのネット芸人のコミュニティからも去っていき、以後の消息はわからない。ネット芸人というジャンルそのものも、それほど長続きせず廃れたらしくもはや足跡を辿ることも難しい。僕はベガは今でもネットのどこかで活動していると思っている。新しいコミュニティに飛び込んで、自分を受け入れてくれる場所を探しているような気がする。例のチャットサイトの方はというと、僕がそのチャットサイトになんとなく見切りをつけた頃に、自身の生活も忙しくなってきたので疎遠になっていった。ずっと後に、まだ残っているのかを調べてみたら検索結果に出てこなかったので、いつの間にやら閉鎖されたようだ。

チャットサイトに出入りしていた当時のインターネット事情についても触れておこう。先ほど、ダイヤルアップ接続をしていたと書いたように通信速度は今とは比べ物にならないほど遅かった。デジカメ写真のやりとりも送受信に結構な時間を必要とした。個人のホームページ制作が流行していたが、写真は画質とサイズを目一杯落として掲載するくらいしかできず、もっぱらテキスト主体のサイトが多かった。

そして、僕と同世代ならわかると思うがページを開くと同時にMIDIサウンドが流れだしたり、マウスにくっついてくる星とか視覚効果がてんこ盛りのサイトがたくさん存在していた。当時はそう言った視覚効果をたくさん盛ると、技術がある人という認識があったためか、これでもかと盛り込むのがイケてるという認識だった。一方で、コンテンツというと大概は日記がメイン。レンタルの掲示板やチャットを用意しているサイトも多かったが、そのほとんどは閑古鳥が鳴いている状態で、いつしか通販やエロサイトのリンクを大量に貼り付けられた状態で放置されるのがオチだった。日記も精力的に更新していた人を除けば、数ヶ月も経てば更新が止まり、随分と前のLast Updateの日付からここは既に空き家なんだということが解るのだった。

じゃあ、僕はどうだったかというとそこにすら到達しなかった。無料のホームページスペースを確保してテンプレートのトップページにタイトルを記入して、そこで止まった。それ以上何もしないまま。日記を書くにも何を書けばいいのか思い浮かばなかったし、それ以外に面白いコンテンツを準備する気力も持てなかった。その上、HTMLを皆目理解できなかった。一応HTML辞典とかも書店で買い求めてみたのだが、当時は全然身につかなかった。要は、やってみようと意気込んだものの、情熱を持てなかったということだ。僕に比べたら、当時一生懸命日記を更新していただけの人の方がずっと立派だった。

はっきり言って、チャットサイトに出入りしていた奴の大半は出会い目的だったはず。最初はそんなつもりなかったかもしれないが、やっているうちにそれ目的になっていった奴も多いだろう。僕もいつの間にやら、話し相手が女だったりするとテンション上がるけど、男でしかも女目的っぽい雰囲気出してる奴だとチャット中に打ち込む文字数が激減したものだ。途中でコンビニ行っちゃったりね。

初めてインターネットに接続した時に、これからホームページ作って世界に向けて発信するぞ!なんて息巻いてた気持ちもいつの間にか、女の子とお知り合いになれたらそれで満足と方向転換してしまった、というわけだ。

そして今、僕は再びホームページ制作をしている。大学生の時にやれなかったことを、異性への意気込みが多少落ち着いた今ならやれるんじゃないかと思うのだ。夜中にテキストエディタを使って、文章を書く。昔の思い出やら今ある状況を考えながらの時間が意外と癒しの時間だったりするのだ。扱いたいコンテンツは趣味にしている模型。そしてそれを撮影するカメラ。昔からずっとやってきたことだからやっぱりこれを主軸にしたい。

その一方で、SNSなどでのネットを経由するコミュニケーションは今ではすっかり苦手になってしまった。なぜなのか自分でもよく解っていないのだが、主軸をコミュニケーションに置いていないからだと思う。この辺は、大学生の頃のネットとの関わり方と真逆な方向にシフトしているということだろう。コミュニケーションを主軸にすれば、必然的に周りに合わせることも多いので、自分の真意をさらけ出すことは自重するだろう。そしてその逆ならば、当然自分の価値観を主軸に持ってくるのでなかなか人と同調できなくなってくる。どちらも器用にこなせれば言うことなしなのだがなかなかそう上手くもいかないし、まあ自分自身に向き合う時間を削るくらいならネットでそこまで社交的にしなくてもいいかと思っている。今は、大学生の頃とは逆をやりたいのだ。少なくともネット上では。

Last updated: Nov. 15 2015